霊長類のヒトづけに関する研究者の倫理的心配事と研究対象に対する倫理的責務の認識 (Green & Gabriel, 2020)

Green, V.M., Gabriel, K.I., 2020. Researchers’ ethical concerns regarding habituating wild-nonhuman primates and perceived ethical duties to their subjects: Results of an online survey. Am. J. Primatol. 82, e23178. https://doi.org/10.1002/ajp.23178

コロナ禍において霊長類の野外研究における感染症対策の重要性が再認識されています。野生霊長類の生態や行動を観察するのに不可欠な「ヒトづけ」が孕むリスクについて、研究者自身はどう考えているのか。改善すべき点はないのか。アンケートを通じて検討した論文です。

野生霊長類のヒトづけにはさまざまなリスクがあることが知られています。なにより、ヒトから対象への病気の感染。そして研究者の存在によるストレスその他の行動変容や、人を怖れなくなることで畑あらしが増え地域住民との対立が深まったり、密猟者を警戒しなくなることによるリスクなど。

この論文は、実際の研究者がそうしたリスクや課題をどう捉えているのか、リスク対策として何をしているのかを広範なアンケートで明らかにしたものです。アンケート結果はおおむね私自身の認識や行動と一致していたので、多くの霊長類学者が自分と認識と行動を共有していると確認できてよかったです。

一方、アンケート結果にもとづく以下の指摘は胸に刺さりました。それは、多くの研究者がいちばん深刻なのは感染リスクと密猟への影響と認識しているにもかかわらず、これらふたつについて有効な対策をとっているとは言い難いということです。とくに密猟対策については、直接的な反密猟行動は危険をともなうためほとんどやっておらず、「調査地があることが密猟対策なのだ」と言っている。その一方で、多くの研究者は、自分の行動が対象動物にストレスを与えたり行動変容をもたらしたりすることについては、重要だけれどもそこまで深刻だとは思っていないながらも、これらに対しては敏感に反応し対策を講じている。

自らを顧みて、観察者の存在によるストレスや行動変容に即応するのは、対象動物の保全のためというより、それがデータに影響することが大きい。感染リスクや密猟リスクについてはそれが行動変容のように目に見えないということもあり、どこか現実感が薄く、個人で対応できることには限界がある、ないていう逃げ口上を用意しつつ、見てみぬふりをしていると自己批判せざるを得ません。もし他人からそう批判されたら正直返す言葉がありません。せいぜい「これからがんばります」くらい。

でもやっぱり、それではだめですね。かつて私自身も現場でそう主張したことがありましたが、いまや研究していることが保全につながる、というのは詭弁でしかありません。いまはガボンの調査地に入れない状況が続いていますが、野外調査を再開できるようになったときのために、感染症対策の知識と技術をしっかり身に付けておこうと思います。

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竹ノ下祐二
竹ノ下祐二
理学療法学科 教授

専門分野:人類学・霊長類学、生物多様性保全学、子ども学

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