子どもの発達の民俗から teaching を考え直す (Lancy 2010)

Lancy DF 2010. Learning From Nobody: The Limited Role of Teaching in Folk Models of Children’s Development. Childhood in the Past. 3:79-106. https://works.bepress.com/david%5Flancy/22/

  • 雑多な抜き書き
    • 子どもの教育に関して科学的に正しいとされる「理論」の多くは、白人中流社会の"民俗モデル"にすぎない。
    • 諸社会における子どもの発達様式、発達モデルにおいて、親や教師によるアクティブ・ティーチングはまれである。
    • 親が子どもと遊んでやらねばならぬ、というのも白人中流社会の民俗モデルのひとつである。
    • それらが「科学的理論」の装いをまとうことは、nurture becomes nature と表現できる。
    • 多くの社会で、健康で幸福なあかちゃんとは、(明るく元気な子ではなく)静かにしている子だ。
    • 多くの社会で、子どもは年長者のふるまいを丁寧に観察し、まねることで学習してゆくことが期待されている。
    • 発達に従い、子どもは社会集団に参加し、集団の活動に貢献するようになる。観察者から貢献者への移行は通常スムースである。
    • 多くの社会で、知性とは服従や権威への敬意であり、知的好奇心、賢さ、自己表現力などはむしろ"危険"とみなされる。
    • “お手伝い"は子の学習を促進する。遊び半分の関与から、段階をおって困難なタスクをあたえられて成長できる。
    • “徒弟制"は指導者の元で学ぶことであるが、教師/生徒関係とはだいぶ異なる。
    • 狩猟採集民社会におけるイニシエーションは、education というより indoctorination である。
    • 欧米社会における親が育児と教育にかけるコストと時間の増大を歴史的にみると、エリート層の出現とエリートどうしの地位をめぐる競争がキーポイントになっている。
    • 子どもは内発的な発達力をもっており、それは"自然に定められた適切な時期"に発現する。
    • しかし、その力は一歩まちがうと反社会性を帶びるものである。
    • 多くの社会では、子どもの力の自然な(自発的な)展開を認めつつ、主として思春期以降に、その力が当該社会の中で危険なものとならないよう矯正してゆく。
    • 白人中流社会のありかたが間違っているというわけではないが、それは「科学的真実」ではなく、民俗モデルのひとつであることに注意すべきだ。
  • ひとこと
    • Teaching に関する文献の中で引用される Lancyは、ヒトにおいて teaching は自然な営為ではなく近代社会の産物であると主張しているかのようであった。
    • しかし、実際に読んでみると、近代主義的な teaching 優位の考え方を否定、というか、一文化形態ととらえているだけだ。
    • むしろ、ヒトの子どもは多様な学習チャンネルをもっていて、teaching も含め、それらを十全に用いながら発達してゆくという感じだ。
    • 多くの社会で教育は矯正であるという指摘は権力主義的と誤解されそうだがそうではない。
    • 学習、発達というのが子どもの社会化プロセスであるということを述べているのだと思う。
竹ノ下祐二
竹ノ下祐二
理学療法学科 教授

専門分野:人類学・霊長類学、生物多様性保全学、子ども学

関連項目