文化進化論と社会心理学の相補的貢献 (Mesoudi 2009)

Mesoudi A. 2009 How Cultural Evolutionary Theory Can Inform Social Psychology and Vice Versa Psychological Review, 116(4):929-952, 2009 http://dx.doi.org/10.1037/a0017062

タイトルでは文化進化論と社会心理学とを同格に並べているように見えるが、実際は文化進化論よりの立場である。というより、このレビューは文化進化論の宣伝で、およそ半分がその説明に費やされている。著者の A. Mesoudi には文化進化論に関する著書もあり、翻訳されている。文化進化論についてまとまったことを知りたければ本を読むほうがいいかもしれない。

文化進化論は社会ダーウィニズムとは全く異なる。文化進化論では、 文化を次のように定義する。 文化とは、個体が教示(teaching)や模倣(imitation)その他の社会的情報伝達様式を通じて同種他個体から獲得し、当該個体の行動に影響を与えうるような情報である。 ここで文化を 情報 と言い切ってしまうところがユニークだ。通常、われわれは文化を一定の人々のあいだで共有された行動や生活の様式だと考えている。文化人類学辞典にもそのように書いてある。しかし、行動あるいは生活の"様式"は個体がアタマの中に蓄えている情報からうみだされるもので、それが共有されているということは、もととなる情報が共有されているということになる。ここらあたりの考えには異論もあるが、ようは生物の進化論が行動や形態は遺伝"情報"によってうみだされると考えるのと同じように、文化的事象もまた、心理的な"情報"の産物であると考えるのである。

生物進化論において、遺伝情報は繁殖によって伝達される。その際に、すべての遺伝情報が同じ確率で伝達されるわけではない。自然選択その他の要因によって、(繁殖上の)次世代に伝達される情報の頻度に差が生じ、それによって進化が起きる。

文化進化論は、心理的な情報にも、その内容やその他の外的要因によって、伝達力に差があると考える。そこから、文化の進化や生成、絶滅を、生物の進化や発生、絶滅と同様に論じることができると考えるのだ。

社会心理学はこれまで、情報の伝達効率や確からしさ(fidelity)は一様ではなく、さまざまなバイアスがあることを明らかにしてきた。たとえば、多数者の持つ情報のほうが、少数者のそれより伝播しやすい(conformity bias)。また、血縁者や威信のある人など、情報の持ち主によるバイアスもある(model-based bias)。これらの社会心理学の成果を、文化進化論の観点から論じることで、集団レベルでの情報の保持や特定の文化の生成や変化・消滅について理論を整備し、そこからさらに実証的な研究が行える。

文化も遺伝子もわれわれの生活や行動様式を規定するものであるから、こうした文化進化は、遺伝子進化とも相互作用する。文化進化が生物進化における自然選択圧に影響するし、生物進化が文化進化のバイアスに影響する。その例が、Homo属における石器文化と言語やteachingの能力との共進化 だ。

文化イコール情報、という考えはそのまま100%肯定してよいものか若干疑問が残るが、そのように考えると、文化というものをより広く動物の世界に認めることができると思う。ならば、遺伝子と文化の共進化 (gene-culture coevolution) はヒト特有の現象ではなく、もっと生物一般に広げて考えることができそうだ。

竹ノ下祐二
竹ノ下祐二
理学療法学科 教授

専門分野:人類学・霊長類学、生物多様性保全学、子ども学

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