「未完の西郷隆盛」「新版 南洲翁遺訓」

風雲児たち 幕末編を読んだのをきっかけに、幕末〜明治維新がマイブームです。薩摩人にとって幕末・明治維新とは「地元の偉業」であり、その代表格は西郷隆盛と大久保利通です。そんなわけで幼い頃からなにかにつけ西郷大久保の生涯や功績を聞かされてきました。しかし、西郷についてはその人柄ばかりが強調され、政治思想について深く考えたことはありませんでした。コロナ禍でガボンでのフィールド調査がなくなり時間ができたのを期に、西郷の人柄ではなく思想をまじめに勉強してみようと思い、2冊読んでみました。

未完の西郷隆盛―日本人はなぜ論じ続けるのか―(新潮選書) amazon.co.jp

一冊目は 「未完の西郷隆盛―日本人はなぜ論じ続けるのか―」。この本は西郷隆盛の思想そのものというより、彼の思想が後世どのように論じられてきたかを解説したものです。日本の近代化をもたらした明治維新最大の功労者であり、かつ、その明治政府への最後にして最大の反乱を起こしたアンチ明治政府のラスボスという二面性をもつ西郷隆盛が、近代 vs 反近代両方の立場から擁護されてきたという話はなかなか面白かったです。個人的に一番「なるほど」と思ったのは、西郷の思想の源泉を奄美潜伏時代に求めるというアイデアでした。西郷隆盛といえば、藩主島津斉彬の薫陶を受けたこと、江戸滞在中の藤田東湖や橋本左内との交流によって思想形成したというのが伝記によくある記述でした。そして、奄美での離島生活については「島の人に優しくして慕われました」というような感じでまとめられることが多いです。しかし、3年余の長きに渡って滞在し、目立った活動ができないかわりに思索を深める機会となった奄美時代こそが西郷の思想形成の根幹にあると言われてなるほどと思いました。薩摩人にとっては、当時の奄美の実情はあまり触れられたくない後ろめたいことなので、その奄美での生活が西郷を作った、といいたくないのかもしれませんね。そのかわりに「西郷は奄美の人を救いました」って。誰から救ったかと言うと、薩摩人から救ったわけですが。

新版 南洲翁遺訓 ビギナーズ 日本の思想 (角川ソフィア文庫) amazon.co.jp

2冊めは 「新版 南洲翁遺訓 ビギナーズ」。南洲翁遺訓には西郷さんの訓話がたくさん収められているのでぜひありがたがって読みなさい、と学校で言われた記憶が邪魔をして、これまで読んだことがありませんでした。お説教は嫌いなので。でも、西郷の思想を知るには避けて通れない。というわけで、解説つきのこの本を選んだのですが、これもよかったです。著者による解説が冷静かつ中立的なのがいい。弱者の味方と言われる西郷さんですが、平等主義者ではない。そしてやっぱり、彼の「征韓論」はどうがんばっても肯定できない。ただ、彼の政治思想の根幹にあるのは「みんなを幸せにしたい」という思いであって、そういう純朴さを死ぬまで失わなかったところが魅力なんだなと、1周まわって西郷さん=人格者的理解にたどりついたのでした。

竹ノ下祐二
竹ノ下祐二
理学療法学科 教授

専門分野:人類学・霊長類学、生物多様性保全学、子ども学